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 2021年1月16日

まず以下に展開される発言は
「ライスボウルは現行のままであるべきだ」ではなく
「今回の決定とそれを歓迎する思考プロセスがクソである」
ということを言いたいのであって、結論が「社会人対学生でなくなる」であってもその本質が「天と地ほど違う」事を理解してお読み戴きたい。

今回の議論はつまり

  1. ライスボウルとは1月3日に開催される日本協会主催のボウルゲームという「主催者がチームを招待して行うイベント」である。
  2. このボウルゲームは、たまたま国内成年男子のトップカテゴリであった「学生」と「社会人」の「それぞれが認定する年間王者」を招待するエクストラゲーム(平たく言って「おまけ」扱い)である。
  3. 年間王者同士の戦いだから「日本選手権」だよね、と安易に冠を付けた。
  4. この結果、社会人は「トーナメントの最終通達点」としてライスボウルを設定しているけれど、特に関西学生は「甲子園が最終目標で、ライスは社会人に付き合ったオマケみたいなもの。無くても関係ない」というスタンスをテコでも変えなかった。
  5. 学生側では未だに「日本選手権」という形式に統一して望めていない(関西とその他で温度差が鮮明である)。同様に「普及」に対する考え方も(関西とそれ以外で顕著に)違いがあり統一感がない。

という実に不幸な前提のまま2.だけをいじろうとしているからなんとも据わりが悪い話になっている。この場合3.の明確な再定義が発生しない限りいつまでたっても国内に於けるアメフトの認知は広がらないだろうし、逆に衰退する方向に流れるだろうと思う。

従って単純に社会人の決勝を1月3日に「ライスボウル」としてやることは出来ない(単純に社会人の決勝は社会人協会の主催試合だからである。ラグビーの場合は大原則として「社学対戦」を実施する中で「日本代表強化の為のスケジュール調整の都合上」シーズンの前後スライドが起き、双方同意の上で「日本選手権」への学生の出場を中断している。よって新リーグ移行後はどうなるかは不明だが、トップリーグと日本選手権(=社会人プレーオフ)は主催が異なるし試合数がアメフトとは違い過ぎる)。

もしラグビーと同じようにするなら

  • X1リーグは12〜16チームで、シーズン8試合/チーム以上の対戦が必要である。(試合間隔が今の隔週を維持出来ると思うなという話になる)
  • 社会人王座はリーグ戦1位である。
  • リーグ戦終了後に上位半数によるトーナメントを「日本選手権」として日本協会主催・社会人協会主管で実施する。
  • オープン参加枠は設けるが、日本協会参加のリーグ戦運営競技団体が推挙したチームによる予選トーナメント2試合以上を勝ち抜いたチーム最大2チームのみに与えられる(ちなみに推挙条件は「当該リーグ優勝チーム」に限定し、予選本戦期間内に他の試合への出場は認めない)。
  • 日本選手権の決勝を「ライスボウル」に招待する。

という運営で、学生側の制限である「期末試験期間」には一切配慮しないし、また学齢にも配慮しない(通常期末考査終了で学齢は1上がる。つまり4回生は5回生となり原則出場できなくなる。春の甲子園などに準拠)前提で活動することになる。
重要なのは「このスケジュールをこなすには、予備日程を入れても3週2試合以上の(日本においては)ハイペース」で実施する事と、「雪が降ろうが超低温だろうがアメリカNFLプレーオフなみに過酷な環境でも」試合する事になる。
また、この為にはチームスポンサーが資金潤沢(ぶっちゃけJ1資金下位と同等の年間予算をキープ出来る事−だいたい3〜5億/年くらい−)である事と、社会人学生供に試合出場登録メンバーを国際試合と同数(42〜45、スタッフもコーチ+フィールドスタッフ20以内うち医療・トレーナー専門で3名以上必須)にしないといけない、等現行より不利になる事を受け入れないといけないのである。

だが、残念な事にこんな踏み込んだ改革は出来ないだろう。それは時間が少なすぎるからだ。そんな結論が出るなら、もっと時間がかかっていて不思議はないし、そういうリークだって見えている筈だ。
でもそれは期待しない。出来る筈がないからだ。

なので、この議論がもっと向上心のあるもので進んで欲しかった事を強く念じてこの項を閉じたいと思う。


日常 / 投稿者: 久保田 博之

 2021年1月12日

まず以下に展開される発言は
「ライスボウルは現行のままであるべきだ」ではなく
「今回の決定とそれを歓迎する思考プロセスがクソである」
ということを言いたいのであって、結論が「社会人対学生でなくなる」であってもその本質が「天と地ほど違う」事を理解してお読み戴きたい。

さらに宜しくない老害ファンの言動について触れておく。
おおよそにおいて彼らの脳内は「ライスボウル開始以前」あるいは「東京ドーム開催以前」で思考停止しているので、現代において全く意味を持たず、はっきりいって「競技人気が衰退しているのに、提示される意見が30年前への回帰」というのは、どうしたものかというより「お前らがポックリ逝った後どれだけ新しくファンが流入してくるんだよ」という疑問しか湧いて出ないのである。

90年代を転換期として「サークルイベントとして定番のスポーツ観戦」「ゼミでのイベントとしての定番のスポーツ観戦」というブナかは途絶えて久しい。実は六大学野球なんかはもっと早い段階で人気が衰えたが、かのラグビー対抗戦の早明戦も、90年代後半からガクンと人気が落ちた。
一つには「個の時代」の蔓延(集団行動を忌避する流れ)がこの頃から発生しだした事、就活においての楯の繋がりが無くなってきた事(前半はバブル期における「就労形態の多様性」、後半はバブル崩壊による就労支援削減。さらにITバブルによるベンチャーブームが拍車をかけている)など、対人関係の変化と狭小化が発生している事。
そしてもう一つは「1つのブームは10年を超えられない」という現実である。つまり「10年前に始まったブームはその世代のもの、10年後にブームを担った世代が卒業した後、新しい世代は前の世代の価値観を否定して新しい価値観に乗り換える」という価値観の変容プロセスそのものである。
よく考えてみて欲しい。16歳高校1年生のころに流行ったものに対して10年後26歳になってまで興味を維持出来るだろか?ミドルティーンが結婚適齢期むになるんだぜ。当然卒業しちゃうでしょ。
じゃあ自分たちが16歳の頃、26歳の人たちが熱狂していたものに夢中になれただろうか? かなりの割合で「古くさい」という事で忌避してきただろう。

その事を踏まえて考えて見て欲しい。

  • かつてのように東西オールスターにすればいい
  • 社会人なんて企業に特化して強化しているセミプロ・ノンプロなんだから
  • もともと社会人が強化すれば学生が勝てなくなるのはわかりきっていたんだからやらないのが正解だった

2つ目なんていつの話だっつうの。実業団スポーツそのものに「新規参入」する企業なんて限られている。現時点で一番多いのは「企業チームが撤退するのに伴いチームを引き受ける」であって、それも結構「地元に還元したい」という意識のもので、ゼロから立ち上げるケースは皆無。現状社会人チームに多いのは「クラブチームとして選手スタッフが集まり、そこに企業がスポンサーとして支援する」ケースで、この場合選手がチームorスポンサーとプロ契約するか契約社員として登録するパターンだ。つまりいつでも撤退できる体制って事(この間のDeNA陸上部がこの典型例。東京五輪までスポンサーになったが駅伝で思った効果が出ずに個人競技に切り替えた挙げ句2020年で完了。このパターンが多い)。またクラブチーム化しても元企業がスポンサーに廻らないが為に行き詰まるケース(パナソニックのバスケ部はBリーグ化せずスポンサーにもならず、で解散)というご姿勢である。社会人アメフトでも「シフトの融通」はあっても「勤務時間内の練習」なんて今はないし、それなりの選手は引退後同期との出世格差に悩んで退社すると聞いている。それを、一体いつの話してるんだか馬鹿じゃない?
3つ目も馬鹿な話で、というのも「統一団体がない」「ルールが統一されていない」「全国大会が存在しない」スポーツなんて、その当時からアメフトくらいだったし、その状態で助成金が出るとは思えないし、もっと言えば「アメリカン・カジュアル」の一端としてブームになっただけの競技の人気が維持出来ると思っているのだろうか?
プロセス上必要な大会である事、プロセス上この結果になるのは当然の帰結である事、そして「思った以上に社会人のチームが地域的に広がってなかった事(故に福岡サンズは維持しなくてはいけない団体である)」計算外を含めても、日本のアメフトの発展には欠かせない存在だったのである。

さらに呆れるのが「東西学生オールスターとして昔の形式に戻す」である。
カレッジボウル終盤を思い出して欲しい。
オールスターの場合、出場選手に怪我をさせてはいけないという前提から花相撲的な扱いになる。結果「ファンが喜ぶ組合わせ」は出来ても「一見さんが見てのめり込むきっかけ」にはならないのである。
これはJリーグのオールスター戦が無くなった事、プロ野球の交流戦が始まってからオールスターの人気が激減したこと、NFLのプロボウルが廃止議論にずっと晒されている事など、複数の事例が存在している。
平たく言ってしまえば「クリープを入れない珈琲みたいなもの、誰が見たいか」なのである。
ファンが想像するファンのためのイベントってのは、大抵ファンだけがはしゃぐのよ。それを見て外野は辟易して遠巻きにして近寄らなくなるのよ。

再三方々で取り上げているけど、確かガンダム25周年の時かな? BS1で劇場版一挙放送した時に富野監督のインタビューがあって、あの人は貪欲だから「アニメ映画でブームを起こすことが最終目的」と言った際だ。NHKの高山アナが「え、でもガンダムでもの凄いブームになったじゃないですか」と返した時の富野監督の言葉が忘れられない。
呆れたように「ふっ」と笑って「だから、あれはファンが騒いだだけなの」「見てごらんよ『マトリックス』を。一般のなんでもない人たちがみんな見にいくじゃない。ああいうのがブームっていうの」
他の所で富野監督は「ファンが騒いでいるだけではいずれ衰退する」と言っている(オタク批判として)。
それと掛け合わせたらわかりそうなものだろう。オールスターに普及活動への未来がない、という事を。

もし新しいファンを獲得してなら、自分たちの好きな物が認められたいと願うなら、インサイドに向いた思想ではダメなのだ。いやもっと言うと「内側の人の都合の良い想像で描き出した妄想上の外部の人」を相手にしてはいけないのである。

そこがダメダメな議論となっている事に気付かないのである(そりゃSNSで100くいいねは付くだろうけど、所詮その程度で終わる話だ)。む


日常 / 投稿者: 久保田 博之

 2021年1月11日

まず以下に展開される発言は
「ライスボウルは現行のままであるべきだ」ではなく
「今回の決定とそれを歓迎する思考プロセスがクソである」
ということを言いたいのであって、結論が「社会人対学生でなくなる」であってもその本質が「天と地ほど違う」事を理解してお読み戴きたい。

社会人対学生についての安全性の議論についても不可思議で、たった1校の監督だけが声高に危険を叫んでいるが、もし本当に危険であると判断出来る要素があるなら日本協会の医療技術研究会から報告が出て(あるいは関西学連がレポートを出すべき)であるが、そういった動きも見受けられない。
※動きとして内々にあったから今年からWGが開かれたという事も可能性としては存在するが、もしそんなものがあったら鳥内さんや小野さんが鬼の首を取ったようにあげつらう筈である。

さらに学校法人としての関西学院大学として一切発言がないというのも奇妙な話である。在学生を危険にさらすという報道を部活動の指導者がしているのだから、ヒアリングの上発言があってもしかるべきなのに、そういう報道もない。
※そういう意味では、たまたま2020年の全国大学ラグビー選手権の出場権に関するトラブルの際に抗議を行ったのが「関西学院大学」の名義で報道されているのに、ライスにまつわる疑義(というより不平不満)は監督とディレクターの個人名だけなのが対照的てある。つまりラグビーは組織として抗議し、アメフトは個人が勝手に言っているだけ、ということになる。それ、おかしくね?

つまり、本来なら

関西学院側に実際に競技を断念せざるを得ないほどの重篤な怪我が発生する、あるいは医療スタッフからその危険性が指摘される

チームとして今後の社会人トップとの対戦に疑義が出たと結論づける

関西学連を介して大学協会に意見書を提出

関西学連として意見書に沿った合意形成か出来て大学協会に答申

大学協会側から日本協会に上申

という流れが出来て、おおよそ日本協会にたどり着くのに最初から最短2年かかる筈なのである。

ところが今回は
第67回(2013年シーズン)から鳥内さんの言葉に「外国人が〜」という言葉が出てくる
第68回(2014年シーズン)からあからさまに敗因を外国人のせいにする。このシーズンに関西最終節の集客が前年の大幅割れをする。
第69回(2015年シーズン)から西日本選手権に関西が2チーム出る事になる。
第70回(2016年シーズン)から「怪我が〜選手が危険だ〜」と言い始める。
第72回(2018年シーズン)さらに関西最終節と西日本選手権の集客が落ちる。このへんから公式会見後にマスコミに対して自説をアピールして記事にしてもらうようになる。
第73回(2019年シーズン)西日本プレーオフに関西が3チーム派遣。西日本豪雨災害の影響は関西学生1部には出なかったにもかかわらず過密日程化。ちなみに関西学生最終節と西日本王座は、どちらも1万人割れ。この年初めて関西学連に意見書を公式に提出。
2020年にWGが始まり、年度末の理事会に諮る結論が8月から6回の会合で出る。

なんかプロセス的におかしくないですか?
ずっと新聞記者にタレ流すだけで、手続きに入ったの2020年初頭でしょ。
日本協会の理事には大学協会から伊角さんと平井さんが入っているし、結構な数「将来的にライスボウルは変わるべき」論者がいるにも関わらず、正式な議論になるのに7年かかってるっておかしくない?
しかも外国人選手が初めてライスに出てきたのは64回大会(2010年シーズン。ケビン・ジャクソンは2009年シーズンから登録)、外国人選手によって苦杯をなめたのは65回以降毎回の事。
そして社会人と学生の体格差が顕著になったきっかけは2007年世界選手権(当時はW杯)でアメリカ代表と当たった事がきっかけであって(ちなみに関西学生だけが春期を通常日程でこなしている)、リーグ戦で外国人と当たっているからというより「北米大陸のチームに勝つ」という目的意識が、日本代表の選手の供給源である社会人協会に強くあるからなんであって、その意識が学生(とOBと老害ファン)にはほとんどないという事でしかない。
※国際的にもU-19は存在するが、ユニバーシアードはつい最近出来たばかりで、かつ北米や欧州最強のドイツなどは参加していない為、大学生が国際感覚を身につける機会は単独遠征のみである。が、NCAAの規約により米国外での試合、米国内で他国のちーむとの試合が出来ない。

ついでに言うと第69回の立命館、第71回の日大は、危険性に関する発言が報道されてないんですよ。もし本当に危険だというなら記者はそこについて質問して「危険」という言葉を引っ張り出すべきだったと思うし、そうしなかったというのは「実はそこがあまり重きを置かれていない(報道的には)」という事なんじゃないだろうか?

そういう議論が見えてこない以上、これは関学サイドの「負けた言い訳を正当化するための保身的な行動」だったと言わざるを得ないと思うし、そこに考え無しで乗っかった懐旧的老害ファンによる日本代表強化軽視でしかないと思うのだ。


アメフト / 投稿者: 久保田 博之

 2021年1月10日

まず以下に展開される発言は
「ライスボウルは現行のままであるべきだ」ではなく
「今回の決定とそれを歓迎する思考プロセスがクソである」
ということを言いたいのであって、結論が「社会人対学生でなくなる」であってもその本質が「天と地ほど違う」事を理解してお読み戴きたい。

冒頭で「結局、有力校が駄々こねたらゴネ得になるんだ」と言った知人との会話にはその前がある。

知:よく出てくる「社会人と学生の王者が日本一を争う現行のライスボウルの試合形式は「時代の流れとともに、その役目を終えた」」(※これは宍戸さんの週刊TurnOverから)ってのが、よくわからないんだよね。
く;いやつまり「実力差がありすぎて勝負になってない」って事で
知:それがおかしいと思わない? 日本語的に。
く:は?
知:社会人と学生が日本一を争うことの役目が終わったの? ライスボウル以外で社会人対学生のトップ対決をする事は役目が継続するの? そもそもライスボウルの役目ってなんなのさ。主語目的語がぐちゃぐちゃじゃね?
く:一応、「日本でのアメフト誕生50年の記念行事として、他競技のように日本選手権を制定し、競技の普及に寄与する」のが目的なんだけど……
:だとしたら、文言通りに取ると「ライスボウルでの学生対社会人の王者対決」が役目を終えたのは、それが「競技の普及に寄与しなくなった」って事? 競技人口がライスボウルのせいで減ったって事?
く:いやそういう訳では……
知:そもそもさ、中継の変遷ってこの間話してくれただろ。そもそも初期は「試合開始からNHKでは中継してくれない」、酷いときには新春演芸会優先だったそうじゃないか。
く:でもドームになってからはフルサイズだよ。
知:だけどラクビーの学生準決勝はずっと総合だけど、ライスボウルはあっさり教育に島流し、さらにBSに島流し、さらには開始時間後ろ倒し。そもそも教育に島流しにされた時点で「その役目」ってのは終わってない?だってその時間総合は地方局作成番組枠なんでしょ。
く:いや一応地上派時代は……
知:つまりそもそも「バブルではじけていた一時期を除いて、ライスボウルとかそのへんを取り巻く環境」って最初から大して相手されてなかったって事でしょ。そもそも寄与してないんだから役目云々って違くない?
く:それも破綻している論理っぽいなあ。
知:つまりだ、客がメチャクチャ減ったとか、スポーツ新聞で三面で結果だけしか出ないとか、明確な「普及に寄与しなくなった」結果がある訳ではないよな。一応三面でもそれなりの枠取ってるし。
く:関西の人気が陰ったという話はあるよ。最終節の観客動員が1万切ったとか。
知:でも他のリーグの動員は特段増減している訳じゃないんだろう? じゃあそれはラグビーの対抗戦最終試合の早明戦と一緒で、単にブランドに胡座書いて集客の取り組みを怠ったり、その方向性が間違っているって事なんじゃないの? だって関東のチームがライスに出てもその翌年に集客が増えた訳じゃ無いんだから、それってライスボウル関係なくね?
く:しかし危険は危険だ。担架で運び出される選手が学生側に多い。身体の出来てない1年生とか2年生が……
知:でもサイドラインで防具付けてる選手は学生の方が多い。もしそんな危惧がある選手がいるなら、出場登録するチームが悪い。そういう選手は学生同士でも怪我するだけだろ? 社会人と同数以下に制限しても影響ないって事だから、それはチーム運営が間違っている。つまり「日本一になる為の身体作り」をハナからしてない学生側の姿勢の問題だ
く;それは言い過ぎだろう?
知;そうか? あたかも自分たちが正義みたいに「仕組みが悪い」って言い張ってるけど、どう見ても「勝てない言い訳」を政治力で正当化しているようにしか見えないね。本当に「やることやり尽くした」のかね。本当に「きちんと社会人に勝つという目標設定してそれに向かって最大限の努力した」のかね。話聞いてる限りでは全然そうは思えないんだよ。
く:確かに、学生さんの目標が甲子園チャンピオンって所で止まっている気はするんだけどさ。
知:結局、有力校が駄々こねたらゴネ得になるんだ。そんな改革から生まれた結果が、良い方向に向かって転がるとは俺には到底思えない。それこそ今の千倍は必死に売り込みかけない限り、シュリンクする一方だと思うよ。

外野からの指摘だが、瑕疵はあっても論破出来る間隙を、くぼたさんは見つけられなかった……


アメフト / 投稿者: 久保田 博之

 2021年1月8日

まず以下に展開される発言は
「ライスボウルは現行のままであるべきだ」ではなく
「今回の決定とそれを歓迎する思考プロセスがクソである」
ということを言いたいのであって、結論が「社会人対学生でなくなる」であってもその本質が「天と地ほど違う」事を理解してお読み戴きたい。

今回の報道でよーーく判った事がある。これははっきり言って絶望的な事だ。

日本のアメフト化関係者にとって「日本選手権」という肩書きは電信柱の張り紙広告程度の重みしかない価値だった、という事である。

つまりライスボウルに「日本選手権」の名を冠しているのは他競技団体とは程遠く、単に「国内で最も規模の大きい2つの団体のトップチームが試合をするのだから」という程度のものだった訳である。

※そもそもアメフトには全国を統括する団体が無く、ライスボウルを運営するために日本協会と日本学生協会が設立されたという経緯がある。普及のために必要なルールの統一や医療基準といった部分が東西大学連盟という個別団体がそれぞれに行ってきた為に、こと関西学連の独自思考は相当に頑なな物がある。

だいたいにおいて日本選手権とは、その競技を日本国内で統轄する団体の、成人カテゴリーの頂点を決める試合の事を示すのだ。従ってサッカーやバスケットの天皇杯・皇后杯、格闘系の全日本選手権は国体で言う「成人A」「成人B」を包括している。
この原点は戦前からの「中等教育満了(6年生中学校修了を示す)してからは一般社会人」という実態の中で「競技に専念できなくなる年齢が大学卒業後3年(大学院修士終了までと同等)というモラトリアム期間」を捉えると同等の実力だったわけである。
※現時点でも大卒前提の競技というのはアメフトぐらい。ラグビーが進学率の関係でだいぶ変化したが、新日鉄釜石の7連覇の当時は高卒がメインだった。

故に他の競技の場合、日本選手権という看板は限りなく重い。これを上回る認知度を得ている競技は数少なく、陸上の駅伝(関東の一強化試合である箱根駅伝が、国際的には全く見向きもされない競技の1ローカル競技会が、商業的に全国中継されることによっての認知度が上がった程度である)くらいなのだ。
残念な事に、こうやって昭和40年代までに日本選手権がブランド化されたからこそ、綱引きだろうとカバディだろうと「全日本選手権」が成立しているのだ。

翻ってアメフトはどうだ。たかたがか半年・6回くらいの会合で簡単にひっくり返るアイデンティティの無さは何だ。
(ワーキンググループの方々がどれほど苦労されたか、はさておくとしても、その後のあり方まで議論が済むにはあまりにも「軽い」としか言いようがない)
つまり価値が根付かなかったのである。

この結果が響いてくるのは10年後だ。すなわち「日本選手権王者の看板が得られないとなった時、この金喰いスポーツに投資してくれる大学がどれだけ残ってくれるのか」という至極当然の問題である。
ラクビーはいい。高校で都道府県大会が開催出来るだけのチーム数があり、結果として進路としてのネームバリューは維持出来る。その上で実業団に就職チャンネルが維持出来るきっかけでもあり、投資する事で大学のブランド強化が計れる。
ところが実業団は実質三社+4公務員団体、ほとんどが就職支援無のクラブチーム、高校もごく限られた数しか無く大半が付属系列校で割りこむ余地も無し……なんか投資するメリットあります?
実際篠竹さん最晩年の日大はそんな感じで箱根とラクビーに投資したでしょ(学内派閥闘争みたいなもんだったのか、今は以前ほどそっちに投資していない)。法政も一時期ラグビーにフォーカスしていたし。
結果としてあの時以上の投資減少が発生すると思っている。その上で現在計画がある箱根駅伝のオープン化が実施されれば、まず間違いなくアメフトから陸上に乗り換える学校が地方でも出てくるだろう。

現時点ではそこまで学生側が深慮していとは到底思えない。そこまで考えていたらこんなネガティブキャンペーン許しては居ないからだ(関西学連内にWG作ってちゃんとした提言を上げる筈。ただ嫌々言うだけでは済まない)。


日常 / 投稿者: 久保田 博之


まず以下に展開される発言は
「ライスボウルは現行のままであるべきだ」ではなく
「今回の決定とそれを歓迎する思考プロセスがクソである」
ということを言いたいのであって、結論が「社会人対学生でなくなる」であってもその本質が「天と地ほど違う」事を理解してお読み戴きたい。

まずマスメディアの報道としては
ライスボウルの行方(週刊TurnOverの宍戸さんの記事)
が第1報であった。
※その前日にTHE PAGEでライス批判記事が出たんだが、宍戸さんの記事の直撃喰らってろくな取材してないスポーツライターである事がバレたですね。

その後追いで1/7に最初に報じたのが日刊スポーツ
現行のライスボウル消滅へ 実力差顕著で新方式協議

これを受けてSNSで関西学生ファンが「ライスボウル廃止」と大はしゃぎしていた訳だが……

ライスボウル、学生と社会人の対戦終了へ 実力差、安全面を考慮―アメフット(時事通信)
ライスボウル、対戦方式を変更へ 社会人と学生との力量差が顕著に(共同通信)
現行の「ライスボウル」今年で幕、実力差を考慮(読売新聞)
ライスボウル現行方式変更へ 09年立命大V最後に12年連続社会人勝利/アメフト(サンケイスポーツ)

アメフト「ライスボウル」開催方式変更へ 社会人と学生の体格・実力差開き(毎日新聞)
ちなみに主催に名を連ねている朝日新聞は1/7時点で報道なし……

見よこの温度差。印象操作以外の何物でも無いぞニッカン。
恐らく日刊は大阪本社の記者の記事だと思うのだが(Yahoo!の配信が朝5時である事から、関西学連関係者からのリークがあり、他紙の通信社配信を待たずにフライングした可能性がある。ちなみに朝日新聞社および同資本系列の日刊スポーツはライス主催に名を連ねているだけでなく朝日新聞社杯・日刊スポーツ新聞社杯を送っている)、明らかにミスリードを誘うタイトルであり、そんなに親会社に道連れで金出すのが負担だったのかよと勘ぐる状態である。

ここでミスリードされてはいけないのは
・現在1/3に東京ドームで、日本協会が主催しているライスボウルという試合は消滅しないし廃止もされない
・日本選手権という看板の試合が廃止されたという報道は何処にも無い
・実力差があるというのに社会人対学生の試合の一切を禁止するという報道が何処にも無い

という点である。

個人的にはこれにより「アメフトの普及は大幅に後退した」と思っている。出したタイミングも最悪であれば書き方も最悪である。

いや確かに「学生と社会人の実力差が開いた事は競技として発展した結果である」という意見はある。あるのだが、世間一般は堂思うか?
この発表を読んだ知人から言われた一言
結局、有力校が駄々こねたらゴネ得になるんだ
というのが私の心に深くふかーーーーーく突き刺さっている。
いや、私説得してもその知人説得しても意味ないのよ。言われて反論できないもの私。説得できる自信ないもの私。
何故なら現行方式に否定をしたのは関学の鳥内さんと小野さんだけで、ちゃんと関西学連の中で協議した結果の上申では無くこの数年の個別メディア露出による同調圧力によるものだもの。
規模が小さい協会だから目立つし、さらに甲子園ボウルに関わる関西学連のゴネっぷりがどれだけ悪印象だったのか判っていない。
本来、この件に関しては秋季シーズン前に発表され「2021シーズンからこうなります」と詳細な説明があって初めてゼロベース評価だったのだ。後手を踏んだ挙げ句に「批判されてこっそりカードを切った」みたいな方法で、一体何が説得力なのか。

そしてSNSやヤフコメで見る限り、おおよそ生産性に貸せる老害ファンの懐旧的な歓迎コメントが持つ意味を少しでも感じて見て欲しい。そこにあるのは「社会から切り離され新規参入が発生せずシュリンクしていく市場」ではないか。

つまり、打つ手が間違った上に見せ方も不味かったし、議論の方向性もベクトルも、大凡普及という方向にそっぽを向いた内向きの議論だったと言わざるを得ないのである。


アメフト / 投稿者: 久保田 博之

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