2020年5月17日の記事
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アメフトを見に行くようになったのは2001年の秋でした。最初に見たのはFinal4Eastのアサヒビール対オンワード。
この前年からNFAは大きな変革の仕上げに入っていました。
それまで「実業団リーグ」「東日本社会人リーグ」「西日本社会人リーグ」に分かれていたリーグを1本化、東西各2ブロック・1ブロック6チーム(1990〜1991は関西はブロック5チーム)でリーグ戦を行ったのです。
この為東西の決勝が設定されたのがこの年、Final4だったのです。
実際に初めて現場でアメフトを見たのはこの前の週、関東学生の最終節明治対日大だったのですが、これが面白くなかった(これは私がフットボール知識が無かったからです)ので「学生と社会人見て、両方ダメならバスケとかハンドボールとかも見てみよう」と思っていた訳です。
※既にJリーグは始まっていて、現場に行くにはちょっと気がひけていた。実家から見て一番近いのがヴェルディだったので乗れなかったのである。

この壮絶な試合は史上初のタイブレーク(前年までは同点の場合コイントス)に行くというも素人ながら大興奮な試合で、とても満足してしまってので。翌日の関東学生の決勝、パルサーボウルは行かなかったという大失態をしてしまった訳です。

今回、ある方からYoutubeにアップロードされている動画を紹介戴きました。これを知ることで、意外な事に気付いたのです。

この年の日大のエースQBは#10松本で、エースターゲットは#25関だってんですが、他にも鈴木や宮田という優れたレシーバーが居たんですね。
ところがこの試合、日大は8インターセプト喰らっています。
その殆どが関への時間のかかるパス。
これ、明らかに松本にミスリードさせたゾーンカバーですよね。正確にはゾーンとマンツーの組み合わせ。
後半最初こそ鈴木や宮田への決め打ちクイックパスで進むんですけど、焦れてくるとどうしても関に投げたくなる。
結果的には関にTDパス通るんですけど、それ以上に誘われている感が凄いんですよ。

そしてもう一つは専修のブロッキング。最初はストレートプレーが多かった事もありまっすぐ押し込むゾーンブロック。それが徐々に左右に動き出して終盤になるとカウンタープルアウトを織り交ぜてくる。
この見事な伏線の回収。気付いた時には鳥肌立ちました。

当時の選手だった濱崎さんのFBに当時のことが書かれていました。激アツな文章、そして当年の選手たちが未だにあの試合でやりとりしている熱のこもったコメント欄をご覧戴くと、あの2日間が日本のアメフトにおいて大きな転換期だったと言っても過言ではないと思うのですよ。

というのも、この後日大は2007年まで関東を制覇できず(篠竹さん在任中は0回)、社会人は外国人コーチや関西出身コーチの主導したチームが全盛を誇り、かなり色合いが変わった訳です。
※なお日本フットボール界から篠竹さんの残滓が払拭するのはシルバースター最後の優勝の後、ですね。

そういう貴重な時代の映像をご覧くださいませ。


アメフト / 投稿者: 久保田 博之

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