葬式鉄は鉄道ファンではなく単なるお祭り屋なので、機暴隊による強制排除を行うべきだと思う件

最近、葬式鉄という人たちが出てきたんだけどさ……

何あれ。

他人の葬式に参列するイベントで笑顔で万歳三唱する人居たら、その場でフルボッコだと思うんだけど、何故に葬式鉄だけ許されるのかね。

前から嫌悪感示してきたけどさ。

本当に惜別の思いがあるなら、定期運行から外れる事が決まったときにきちんと乗って(廃線の場合は敗戦が決まってから廃線までのあいだの都合のいい日に乗る)、廃線当日は密やかに思いをはせるべきなのね、部外者

地元の人に愛された列車や路線なら、最終日に惜別を伝えるのは地元民が最優先。割って入って我が物顔で振る舞う奴らは最低。

もともと鉄道ファン(狂信者除く)には、そういう仁義がしっかり出来ていた筈なんだよね。

そういう魂をとも舞わない連中に対して、古株の「友の会」とか写真サークルは、どんだけ情報発信して「あるべき形」を伝えているのやら。

反吐が出そうな狂騒につきあう気は無いので、●●廃止という事は言わないに限るわ、マジで。

そんなに廃止されるのが残念なら、自分で身銭切って列車存続のための収益を出す努力すべきだし、それをしなかったくせに「最後だけ」なんて連中は、学生運動の暴徒化したのとか、フーリガンとかと一緒で、機動隊による暴力的な排除の上騒乱罪でも適応して禁固刑にしてやってよし、です。

これは駄目でしょう、悪しき前例を作ったと思います。

サッカー日本代表のアギーレ監督の任命責任について。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150212-00000105-spnavi-socc

この結果は最低最悪の「決められない結果」な訳ですよ。

たしか大仁さんは、候補者がいない中での短期緊急登板を表明していて、そのままズルズル来ているから自分の所で公式記録上汚点つけたくない気持ちはわかる。

霜田さんは原さんから禅譲された技術委員の立場だから、無罪でいいですよ。

じゃあね。原さんの責任なしはどうよ。おかしいでしょ。アギーレに決めたのは実質この人で、この人が技術委員長時代に動き回った結果なんだから。
本来この人が「公式記録上責任はないかもしれないけど、日本サッカー界に汚点を残した責任を痛感して、日本サッカー協会から(公式な関係としては)距離を取る為に辞任する」のか一番無難な幕引きなんですよ。

ついでに言うと、現在のU-22監督人事(監督技術の向上の為に代表コーチを兼任する)も見直せって。代表+U-22監督で招聘して、U-17以下の世代の指導者を勉強の為にコーチにつけなさいって。
結局U-22監督した人が代表監督候補にすらなれない現状では、継続的な指導者育成の役に立ってないから。

そういう意味で、技術委員の全面刷新が必要。正直に言ってしまえば反体制派を要職に据えるべきなんだ。全部イエスマンではいつか血液が循環しなくなる。だからここはセルジオ越後と岡田さんとに入って貰う。

だから、本来の処罰はこうあるべき。
・霜田さん:おとがめなしだが、W杯予選終了時点で退任(突破してもしなくても。後任人事の為に新しい委員長が検証を含めて仕切る)。
・原さん:任命責任を一手に被って辞任。しばらく野に伏せていてどこかの地域リーグのオーナーとして復権(岡田さんみたいに)を目指すが、中央には戻らない。
・大仁さん:監督任命責任はないが、原さんを野放しにした責任で給与自主返納。出切ればW杯予選前に退任。

このまま原・大仁が残って居座る(居座れる)状態を作ると、自浄作用なくなるから。

セルジオさんは「会社体質」と言ってますが。これは明らかに「官僚体質」です。おまえら肥えた豚に成り下がったか。

ひさびさに読んだひどい評論

いやいやいやいや。これはひどい本だ。

日本ミステリー小説史 – 黒岩涙香から松本清張へ (中公新書)
ASIN/ISBN:

 

堀 啓子
中央公論新社(新書/272頁)
一刷刊行日:2014-09-24
定価(税込):¥ 950

   

何がひどいかというと、ウエイトのかけ方がひどいったらありゃしない。

  • 冒頭、欧米ミステリーの誕生までに触れているが、ポーを否定してディケンズを持ち上げている。まあそれは良いとして、その基準で行くなら須藤南翠「殺人犯」を黒岩涙香「無残」より立てねばならないのに、それは却下。 
  • 涙香が登場するまでに70ページ、そのほとんどがミステリー以外の物語。
  • 「涙香から松本清張まで」としているが、「涙香から新青年前夜まで」に100ページ、「新青年から松本清張前夜」が63ページ、「松本清張・仁木悦子・中井英夫」の所だけで23ページ。
  • 新青年時代、宝石時代ともに超有名作家を舐めるだけ。しかも小栗虫太郎はパス、宝石やロックについてはスルー、横溝も『蝶々』パス。

つまり。この人があとがきで触れているとおりなら、「尾崎紅葉が好きで近代文学に入りました。硯友社が探偵小説やってます。今その末裔のミステリが盛り上がってます。その関係を、自分の大好きなエリアを軸に書きました」で、かつ「自分の関知しないところはサラサラ・スパッと孫引き系一般論でいいよね」という無いような訳ですよ。

そもそもこういう議論の際に避けて通れない文学論層(いわゆる「小説神髄」系の純文学論争も、推理小説の中の「健全派・不健全派」「一人の芭蕉の問題」「文学論争」も!)がほとんど扱われていない-健全派・不健全派を表面的に舐めてはいるが、その程度。
ってか、なんか過去の研究をついばんで自分のやったかのように羅列しているだけ。特に谷崎以降は完全に読む価値ないし、これ読むなら古本屋家捜ししてでも中島河太郎『日本推理小説史』とまだ新刊書店にあるはずの郷原弘『日本小説論争史』を並べて読むことの方が有意義だなあ(そこに横田順彌『日本奇想小説史』があればほぼ完璧)