社会的な競技者寿命という事について

これは近々書くであろう「日本人QBの社会人での取り扱い」に関する話の前段です。

競技者寿命とは「プレーヤーとして活動を初めて、運営や指導に関与してリタイアする迄」の事を意味します。
この人口ピラミッドは年齢別競技人口に比例します。つまりプレーヤー引退と供にそこから先に関わるケースは極端に先細りする傾向にあります。というのも「指導者や裏方は、指導される人やサポートされる人の総数によって上限が決まる」為、前任者が隠居しない限りその席が廻ってこないからです。

結果論ですが、そういう環境で競技団体の上層部に至る人の大半は「途中個人が私財を持ち出し」する事から、後に会計の不正に繋がる(かつて作家の大坪砂男が、探偵作家クラブの資金使い込みをした時のいいわけ「私がこんなに苦労したんだから、これくらいは貰ってもいいじゃないですか」と言ったのと同じ理屈)のですが、それと同じくらい政治的思想的なバトルを経験しているので、彼らが彼らの大半が社会生活を引退した世代になるのは仕方がない事になります。
※私財を投入する為の収入が減るわけですから、補填しようとするのは当然の行動原理です。倫理観として正しいかどうかは別の話。

すなわち、アメフトの場合、競技者寿命はとても短い競技であるという事が出来ます。
まず小学生のリーグはチェスナットしかない=関西限定。
中学もごく少数しかチームがないので指導者の需要がない。
高校もチーム数が少ない上に地域が偏重しているので指導者の需要がない。
さらにやっかいなのは、中学高校と「指導者として教員である事」が求められ、知識がない上にコンタクトスポーツとしての安全性配慮にからんで引き受け手がない。※公立は定期異動があるので、経験者が必ず指導できるという訳ではない。

では一般的な競技スポーツの競技者寿命の社会的通念はどれくらいまでなのか。

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